『電気システムとしての人体』の発刊した2001年に、TBSラジオで2回にわたり次の放送が流されました。そのときの放送内容の抜粋が再録されていますのので、このページで再現します。
放送内容
2001年10月7日放送 人体は電気で動く
2001年10月14日放送 生体の現象を測る
インタビュアは、日垣隆さん(ジャーナリスト)と有村美香さん(TBSアナウンサー)です
(TBSラジオホームページより抜粋)
2001年10月7日放送 人体は電気で動く
日垣:
きょうのゲストの久保田博南さんは医療機器のコンサルタント、会社の社長でもあり、学校でも医用工学という分野を教えているというさまざまな分野で活動しています。
さて人はある程度の年齢に達すると、人間ドックに入ることがあります。
心電図をとったり、脳波をとったり、いろいろ検査をしていて異常です、正常ですとかなるんですが、「心電図」というのは要するに心臓から電気が出ている、それをキャッチしているということですね。
久保田:
その通りですね。
日垣:
電気うなぎなんていますが、人間もそれに近いことをやっていると。
久保田:
原理的には同じと思って差し支えないですね。
人間は、小さい電気。電気鰻なんかは何百ボルトというのを一回に出すという能力をいつのまにか貯えたと。
日垣:
乾電池ひとつが1、5ボルトですが、人間の心臓から出ている電気はその何百分の一なんでしょうか。
久保田:
そうですね。
外から測ると1000分の一。外からというのは皮膚の上に電極をつけた場合ですが、中で測ると電池の10分の1ぐらいです。
100ミリボルトですね。
日垣:
心電図といってもとるとき、電極をつけるのは手や足ですよね。
久保田:
私の秘書が最近子どもを生んで、赤ちゃんを検診に連れていった。心電図をとりますよ、と言って手に電極をつけたんだそうです。
帰ってきて、社長、どうして手に電極をつけて、とれるんですかと。
実は最初、本には書いていなかった。
ああこういうことを書かなくてはならないんだと。実は心臓の両側に本当は電極をつけてもとれるんですが、そこより手につけた方が取りやすい。というのも電気的にみると心臓の両側に電気がでているんですが、心臓の右上と、右手は同じ電位なんです。つまりここは導体と考えていいわけですね。導体と言うのは電気を伝える性質のあるものを導体と呼ぶんですが。
日垣:
物質は電気を伝える導体と、絶縁体、半導体、の3つに分かれます。絶縁体と言うのは全然通さない。半導体は半分通す。導体と言うのは全部電気を通すんですね。
さて心電図は心臓とはいっても、心臓の電気をキャッチして、そして状態を把握する。「心臓に電気が流れている」というのはあまり日常的に意識することはないのですが。
他に電気を出しているところはありますか?
久保田:
筋肉ですね。それから脳。
脳波と言いますが、中国などでは脳電図といいます。
有村:
脳に流れる電気をはかるわけですね。
日垣:
その方が実態に近いですね。
久保田:
日本では、「脳波」と。
日垣:
一般的にはドラマなんかでも脳波が出てくるから知っていますが、最後に直線になってしまうと、ご臨終。
要するにあの瞬間は脳からでる電気がとまったということですね。
電気を出すというと人間の目とかもそうですか?
久保田:
目を動かす筋肉があります。「網膜」ですね。網膜電図というのもあります。
目だけではなく、もっと他にもいろいろといわれているんですが、最近では胃からも出ていることがわかりました。
日垣:
心臓だと、1分間に60~70ぐらいですよね。
そうするとそれは心臓が電気を出すのに応じてですが、胃は別にどっくんどっくんいっているわけではない。
もっとサイクルはゆっくりなのですか。
久保田:
ゆっくりです。胃は20秒に1回ぐらいといわれています。
心臓は1秒に1回。胃は20秒に1回。心電図に比べると電位がでない、つまり電気が弱いので、測定するのが難しいんです。
まだ研究は進んでいません。
日垣:
基本的に体内で動いているものからは電気がでていると推測してもかまわないわけですね。
有村:
人体に電気が流れているのが判ったのはいつごろなんですか?
久保田:
1903年のことです。
オランダのアイントーフェンという学者が心臓か���電気が出ていることを発見したんです。
想像ですが、検流計というのがありますが、あれに人間をつないだり、動物をつないだり、それで電位差がでたんでしょうね。その感度をあげて測ったら、心臓が1回拍動すると1回振れると。それが証明でしょうね。
日垣:
人類の歴史は500万年。血がの循環がわかったのが400年前。
血圧がおおよそ300年前。そして100年前に電気が出ていると。血液が酸素を運んでいることがわかったのは?
久保田:
19世紀の半ばですね。
日垣:
ところで血液の成分、塩分と羊水の成分、海水の成分はほとんど同じですよね。この辺がまた面白いんですが。
久保田:
そのへんが生物が海で生まれたひとつの証拠になると思うんですが。
羊水の中の成分は海の成分と似ていまして、生物はいちばん最初は海に住んでいた。そのひとつの証拠になると。
日垣:
細胞の中の液、も同じ成分。ああいう成分はきっと命の源なんでしょうが、それが生命になるにあたってどう変化したか?
外側から刺激を受ける、つまり電気が生命を発生させるということになるかもしれませんが。
久保田:
電気と言うのはプラスと、マイナスがあります。
細胞の中は静かなときはマイナスの電位です。だいたいマイナス80ミリボルトですね。
ところが、細胞が興奮すると、外からナトリウムイオンがどっと入る。ナトリウムはプラスなので、細胞の中の電位がプラスに変わるんです。その時を細胞の興奮といいます。
有村:
何か刺激を受けたことで興奮はおこるんですよね。
久保田:
興奮と言うのは細胞膜の性質が変化して、いままではねつけていたナトリウムイオンをいれてしまう。
興奮は何かの刺激、夢物語かもしれませんが、古い時代の海にですね、細胞が生まれました。
その時、波がきた。そうすると、ふだんと違うものがまわりにある。それで興奮してどっとナトリウムイオンが入る。これが興奮。
有村:
そういう電気の変化の中で人間は進化してきたともいえるんですか?
久保田:
単細胞動物が刺激を受けて、中の電位が変わって、またマイナスに戻る。
それを繰り返す。それがだんだん細胞分化して高等動物になっていくと。
日垣:
そういう意味では、外界に反応ができないのが、生命が死んでいる状態。
光を目が感じるとかと同じように、細胞も刺激に対して反応するのが生命現象の本質になるわけですね。
さて物質のありかた、は電気を通さない絶縁体、半導体、導体。
3つですが、人体と言うのは基本的に導体でしょうが銅線のように光の速さのように電気を通すというのとはちょっとイメージが違うんですかね。すごくゆっくりですか。
久保田:
普通の電気、光の速さと同じ1秒間に30万キロメートルと。すごいスピードです。
ところが人間の中、心臓を伝わる電気はものすごくゆっくりです。いままで電気と言っていましたが、人間の体の中はイオン、電気を帯びた物質が伝わるわけです。「電解質」です。
日垣:
心臓が右と左に分かれているのも電気を発生する上のポイントなんですか?
久保田:
心臓はいっぺんに縮まるわけではないんですね。
どういう風に縮まればいちばん効率よく、血液を送り出せるか。というように、設計がしてあるというか、神様が作っているというか。
日垣:
いちばん難しいのは心臓は血液を送り出すポンプです。
しかし心臓の本来の役割の作業の副産物として電気があるのか、電気を出すことが本質的な生命の現象なのでしょうか。
久保田:
ポンプは非常に単純な機械です。
心臓も基本的にはポンプです。血液を送り出すための。走ったらどんどん速くしなくてはならない。ということは電気も速く出ている。
それを脳でコントロールしているんだと思うんです。
心臓を動かすために、電気を発する点がひとつあります。
右心房ですが、「洞結節」といいます。それが心臓の発信器なんですね。電気を発生するところです。一定の感覚で。
日垣:
筋肉とは違うのですか?
久保田:
筋肉は筋肉自身が電気を発生する心臓は徐々に電気が伝わるわけです。結節で電気が発生して、それが徐々に心臓全体に伝わるわけです。
日垣:
心臓は「電気じかけ」だということですか?
久保田:
心臓は「電気じかけ」です。
日垣:
胃も肝臓も肺も? もしかすると電気で説明できるかも知れない。細胞でも内臓でも人体全体でも外界との反応に反応している、システムとしての生命活動を営むということなんでしょうね。
電気ということでいえば、金属に電気が流れるのは、電子の流れ。人体はイオン、生命活動の源の流れ。僕らが認識している電気とはスピードも電圧も違うけど、体の中の小さな電気で人間の内臓、血液も動いているということですね。
久保田:
脳の中も、怒り、喜び、それによって出てくる脳波が違うんです。
よく「アルファ波」といいますよね。気分のいいときに出ます。それから怒り、緊張で出るのが「ベータ波」です。脳が違う活動していることがそれでわかるわけですね。
日垣:
今日は ふだん生きている上では認識しない、細胞レベル、内臓レベルのイオンの電気が人間を生命たらしめているということをお話いただきました。
きょうのタイトル「人は電気で動く」。神秘的だなと思いました。
2001年10月14日放送 生体の現象を測る
日垣:
先週は人間は電気で動く、心臓や筋肉や脳も、電気を出しているという、人間は非常に電気とゆかりが深いという話をしました。きょうは冒頭、がらりと変わって雑談から入りたいと思うんですが、最初にラジオに出演されたのはイギリスだったそうですね。
久保田:
BBCに遊びに行ったんです。当時日本語放送がありまして、イギリスから日本向けにですね。1985年頃だったと思うのですが、遊びに行ったらちょっと喋ってくれないかということで。それでいつ帰国しますかと聞かれたので、そのころをみはからって流しましょうと。
日垣:
そもそもイギリスに行って、BBCに遊びに行ったというのはもともとラジオがお好きだったということですね。
久保田:
行く前にラジオ聞くのは趣味でしたから。
日垣:
主に短波ということですね。日本にいながら、メルボルン、ロンドン、パキスタンというような国からの放送、あるいは日本向けの放送聞くと不思議な感じがしますよね。
久保田:
一番最初に聞いたのはオーストラリアからの日本語放送だったと思うのですが、ラジオを買ってきて、周波数合わせたら聞こえる。しかもアンテナを外ではなく、ホイップアンテナを伸ばして周波数合わせたら聞こえたので、非常に感激しました。
日垣:
そういう風にラジオの短波放送を趣味にされてきた久保田さんですが、たまたまスタッフが朝日新聞の記事を見つけてきました。
有村:
「ウィークエンド経済」というコーナーに「ミスター監視装置流出」という風に大きく載って、久保田さんの写真もついてますね。
日垣:
記事を拝見して、ちゃっかり短波放送の趣味も生かされてスカウトされたのかなと思ったんですが、スター監視装置の頭脳流出。日本の大手の企業からヨーロッパの企業に引き抜かれた。「ミスター監視装置」というのがよくわからないのですが、監視装置というのは病院で患者さんを監視することでしょうか?
久保田:
「モニター」と普通はいうのですが、当時は「監視装置」といっていたんです。いまはその言葉はつかわず、「生体情報モニター」といいます。想像ですけど、患者さんが「心電図」をモニターされていて、ナースにこれなに?と聞いて「監視装置です」と。え、俺、「監視」されているのかと思ったんじゃないですかね。
有村:
なぜ「ミスター監視装置」だったんですか?
久保田:
会社に入って「モニター」だけずっとやっていたんですよ。当時は血圧もうまく測れませんでしたからね。
有村:
当時でも?
久保田:
でもといいますが、血圧を測定するのは非常に難しいです。
日垣:
今は各家庭にありますよね。
久保田:
1万円以下で。私が入った頃は100万円ぐらいでもうまく測れない。
日垣:
ではそもそも監視装置にこだわった理由は何ですか?
久保田:
会社がそれだけやれというからですよ。
有村:
何が面白いんですか?
久保田:
徐々に変化してますけど、最近注目されているのは「パルスオキシメーター」です。血液中に酸素がどれくらいあるか、測れる装置です。
日垣:
鉛筆削りみたいな小型の。穴があいていて鉛筆ではなく指を入れるわけですね。97です。
久保田:
血液中の酸素の量が97%ということで正常です。
日垣:
脈拍数の方はどんどん上がっています。
久保田:
興奮しているのではないですか?
日垣:
いま指入れただけでセンサーが感じ取るんですね。心拍数も出ますが、血液の酸素濃度はなぜ分かるんですか?
久保田:
顔色がいいというのは赤いとか、「つやがいい」といいますよね顔色が悪いのは青白いといいます。血液中に酸素が沢山あると血液が赤い。少ないと黒い。その赤いかどうかというのを測定すればわかるんです。
日垣:
血の色を見たんですか?
久保田:
そういうことです。これも患者監視装置の一種ですが今、病院で一番使われている機械です。安く、小さくなったので、登山にも持っていけます。高山病が心配な方がいますが、これを持っていけば危ないな、というのがすぐわかるわけです。あるいは飛行機に長時間乗っていると、酸素が少なくなります。そういうこともわかります。アメリカで最初開発されたのですが、当時は2,300万しました。
日垣:
今はいくらですか?
久保田:
5万円です。
日垣:
文房具やで500円ぐらいに見えますが。
久保田:
(笑)
日垣:
このようにいろんな監視装置、モニターがありますが、私たちの体内にもいろいろ、身体の刺激を受けるモニターがあるんですよね。
久保田:
どこにあるかわからないものもいっぱいあります。
日垣:
きょう持ってきていただいた、血中の酸素濃度をモニターする装置も、身体の中にも血中酸素濃度をモニターしているところがあるんですね。
久保田:
医療機器にも一ついい例がありまして、炭酸ガスを測定する機械があります。それは人間の身体をモデルにして作ったんです。人間の身体は精巧なシステムを持っていますから、それを真似して作ることができるということです。
日垣:
たとえばびっくりしたとき、緊張したとき、心臓が速くなります。呼吸も速くなります。これは別々に起きているわけではなくて、脳が考えることによって命令しているんですね。部品が別々に動くわけではなく、脳がボスとして命令していると。
久保田:
人間の身体は部品に例えられないところもあって一つ一つが動いているのではなくて、全体が一つの統率された力でコントロールされているわけですね。
日垣:
心臓、胃、血液、いろんな監視装置がありますが、実際にはばらばらではなく、有機的な関連もあるんでしょうね。「移植」ってありますよね、臓器の。いまは簡単にできる臓器ですが、最終的には大脳とかも考えているのでしょうか?センセーショナリズムでいわれるほど、「移植」というのはうまくいかないかもしれないですか?
久保田:
本には非常に難しいと書きましたが、実際には心臓なんかは、「人工心臓」をそろそろかな?と。今年の7月にはアメリカで第1例がはじまったんですよ。日本の人工心臓の専門家に聞いたんですが、「もう始まっている。日本でも2,3年したら始まるかもしれない」と。
有村:
脳死移植は「順番待ち」の状態ですから、もし人工心臓が役立てばほんとに人類にとっては福音ですが。
久保田:
ただアメリカの例はこのままだと1カ月持つかどうか分からない患者にやったんだそうですから、一応いまも元気だそうですが、そういう患者には不完全な物、少なくともポンプだけなら実現可能ですね。そういう段階です。
日垣:
人工呼吸器もいまはいい物がありますね。外出もできるようになって。だからある部分は機械に代替はできるのでしょうが。脳になると?
久保田:
できないでしょうね。肺とかも難しいと思います。工学側から人間をみると例えば電気回路、コンピューターの部品だったら、この抵抗がこわれたら取り替えればいいと。しかし人間は心臓でも部品といっても、どこからどこからつながっているというわけではなく、血液もつながっているし、電気的にも機械的にもつながっています。そういうもの全体をシステムとしてみなくては単純に置き換えてもどこかの機能を犠牲にするでしょうね。ですからいまのところ難しいでしょうと。